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坂本政務官 派遣村発言を撤回

寒空で職なし 住居なしになった人たちの気持ちは、
高給取りで特権がたくさんある議員さんにはわからないでしょう・・・

議員の給料をサラリーマン並みにして特権を廃止して、
議員に対して、先生と呼ぶ考え方を改めていかないと、日本はもっと悪くなるでしょう
議員は国民の代理でしかないのだから・・・

 坂本哲志総務政務官(自民、衆院当選2回)は6日午前、総務省で記者会見し、東京・日比谷公園に開設された「年越し派遣村」を巡り、「本当にまじめに働こうとしている人たちが集まっているのか」などとした5日の発言を撤回し、謝罪した。

 坂本氏は「多くの皆様にご不快な面、迷惑をおかけした。発言を撤回させていただき、関係者に深くおわびを申し上げたい」と、頭を下げた。発言の意図については、「雇用状態が深刻かもしれないが、それじゃないような方も(派遣村に集まった人の中に)いるのではないかということが頭をよぎり、実態をよく把握しないまま発言した」と釈明した。野党からの辞任要求に対しては、「地方の雇用状態、経済的な疲弊をずっと見て感じてきた。地方をもっと活性化していく意味で職責を全うしたい」と述べ、辞任する考えがないことを強調した。

永田元議員が自殺 遺書も

人生 何がどうなるかわからない・・・
ひとつの判断が人生を狂わすこともある・・・

 偽メール問題で平成18年に議員辞職した永田寿康・元民主党衆院議員(39)が3日午後6時半ごろ、北九州市八幡西区の11階建てマンションの駐車場で倒れているのを住民が見つけた。病院搬送されたが、まもなく死亡が確認された。八幡西署は飛び降り自殺を図ったとみて詳しい経緯を調べている。

 同署によると、マンションの10階と11階の間の踊り場に永田元議員が置いたとみられる遺書があったという。

 永田元議員は東大卒で大蔵省に入省。平成12年の衆院選で千葉2区から出馬して初当選し、当選3回だった。18年2月の衆院予算委員会で、当時のライブドア社長が自民党幹事長の次男への送金を指示したとするメールを取り上げたが、メールは偽物と判明。民主党から半年間の党員資格停止処分を受け、同党の前原誠司代表(当時)らが引責辞任。自身も18年4月に議員辞職した。

 昨年7月には、17年8月の国政報告会で創価学会が不正な選挙活動をしたとの偽った発言をしたとし、千葉簡裁から名誉棄損罪で罰金30万円の略式命令を受けていた。県警によると、永田元議員は昨年11月中旬にも、療養中の福岡県宗像市の保養施設を抜け出し、手首を切って自殺を図っていたという。

【関連ブログ】永田寿康(1969-2009)

紅白リハでおふくろさん熱唱

明日は紅白ですね
1年は早いです 
この1年・・・大不況の年の瀬・・・
歌が元気をくれると信じたいです。

 第59回NHK紅白歌合戦のリハーサルが30日、NHKホールで開かれた。午後のリハーサルには、歌手の森進一さんが登場。冒頭で「歌の力、人の絆。改めて人生の尊いものを深く胸に刻んだ1年。一筋に心の歌を歌い続けたいと願っています。作詞、川内康範。作曲、猪俣公章」と熱く語り、「おふくろさん」を熱唱。リハーサルとは思えない気迫のこもった歌に、会場から拍手が送られていた。

 森さんは06年のNHK紅白歌合戦で、「おふくろさん」を歌った際、原曲にないセリフを冒頭に入れ、川内さんの怒りにふれ、川内さんが制作した作品すべての歌唱を禁止されていたが、川内さんの死後、11月に遺族との和解を発表していた。

 30日夜には、第50回日本レコード大賞で「特別功労賞」を受賞した川内さんのお祝いに駆けつけ、また31日には“おふくろさん騒動”を生んだ因縁の紅白で、2年ぶりに同曲を歌唱することが決定している。

 午前中にはTOKIOが登場し椎名林檎さんが楽曲提供した「雨傘」を歌唱。リハーサル後取材に応じたボーカルの長瀬智也さんは、過去交際していた浜崎あゆみさんのけがについて質問されると「知らなかった」と驚いた表情で答えた。また現在、女優の相武紗季さんと交際が報じられているが、来年の結婚については「考えていない」と話していた。

 また、「生きてることが辛いなら いっそ小さく死ねばいい」で始まる歌詞が賛否両論を集めた「生きてることが辛いなら」を歌う森山直太朗さんは「テレビで歌える機会はめったにない。感謝の気持ちで一杯です」と答えていた。

飯島愛さん死亡 不思議な言動

とても残念でショックです・・・

 自宅マンションで死亡しているのが見つかった元タレントの飯島愛さん(36)。1週間ほど前、同じマンションに住む30代の男性はマンションのエレベーターで、素足で、脱いだロングブーツを手にぶらさげた飯島さんと遭遇した。「顔をしっかり見たわけではないが、表情などは普段と同じだった」と不可思議な言動を振り返った。

 その日の午後、男性が地下駐車場から上がっていくと、1階から飯島さんが乗ってきた。ロングブーツを手に持っているので、足元を見ると素足だった。男性は「何かおかしいぞ」と思ったが、飯島さんに酔っぱらっているなどの素振りはなかったという。

 普段からエレベーターなどで顔を合わせることがあり、化粧気はなかったが、芸能人時代のようにギャルっぽい服装だったという。半面、あいさつなどはきちんとする礼儀正しさが印象に残っている。

 体調不良を理由に芸能界を引退したため、別の日に男性の親族が「体調がつらいのですか」と尋ねたこともあったが、「大丈夫です」と笑顔で応じていた。

【関連ブログ】飯島愛(1972-2008)

ドバイにも金融危機 解雇の波

世界規模で大不況の嵐が吹き荒れています・・・
仕事がない人が溢れてしまう・・・・
こんな世界を誰が予想したでしょうか?
人間の知恵と情熱で、状況が良くなると信じるしかないのか・・・

 世界一高いビル、世界一豪華なホテルなど「世界一」を冠する建築物を次々に登場させ、21世紀に入って猛烈な勢いで発展を続けてきたドバイ。中東の物流・金融センターとして、200に及ぶ国籍の労働者や投資家を引きつけてきたこのペルシャ湾岸の小さな首長国にも、金融危機の影は忍び寄っていた。その現場を歩いた。

 ドバイ北東部にあるアラブ首長国連邦(UAE)労働省。「カスタマーサービス局」待合室に、沈んだ表情の外国人労働者が目立つようになった。解雇通知を受け、苦情を申し立てに来た人々だ。

 ドバイの中堅建設会社で工事現場監督を務めてきたインド人のV・ヒレマタさん(45)は今月12日、1枚の紙を手渡された。「あなたが提供するサービスは必要なくなりました。滞在許可も1か月後に失効します」

 クレーンを操縦していた同郷のスンニル・Bさん(40)も解雇された。ドバイには世界のクレーンの3割が集まっていると言われてきたが、「今は多くが止まっている。再び職を得るチャンスはまずない」と、帰国の覚悟を決めたようだった。

 ドバイ居住者の8割を占める外国人労働者の滞在許可証は、仕事や労働許可証と不可分に結びついている。職を失えば、雇用主が労働局への解雇届け出を遅らせるなど特別な措置を講じない限り、1か月以内に出国しなければならない。「ドバイには失業者がいない」と言われるゆえんだ。

 ドバイの海岸には、上空から3本のヤシの木に見える群島が沖合に延びる。埋め立てでつくったリゾート・居住用地だ。100万人の住空間ができあがると言われる最大の木「パーム・デイラ」では、クレーンの多くが動きを止めていた。

 ドバイを代表する政府系デベロッパーで、「3本のヤシ」のプロジェクトを推進する「ナヒール」社は11月30日、総従業員の15%にあたる500人を削減する方針を明らかにした。

 同社で工期やコストを管理する仕事を担当してきたスリランカ人のSさんはこの日、上司に、1月31日付での解雇を言い渡された。資金繰り悪化によるプロジェクト停止が理由と説明された。「オフプラン(設計図段階)の事業の大半が停止された」とSさん。「年明けには、さらに人員削減されるのは間違いない」

 ナヒール社だけではない。民間最大のデベロッパー「DAMAC」も11月、200人の解雇を発表、解雇の波は確実に広がっている。(ドバイで 宮明敬、加藤賢治)